さけの里ふれあい広場

Go Index 日本の川へ戻る 石狩川水系へ戻る 千歳川に戻る Last update 2001/11/03


展示館

10:00-16:00
月曜,年末年始(12/27-1/5)休館
入館無料
千歳市蘭越無番地
独立行政法人 さけ・ます資源管理センター千歳支所内
千歳から道道支笏湖線車で約15分
駐車場あり
tel:0123-23-2804

体験館

さけ・ます資源管理センター千歳支所構内案内図

 千歳支所は1888年(明治21年)の開設以来100有余年の永い歴史を持つ国内最大級の事業規模を誇るふ化放流施設です。
 約33万m2の広大な敷地の中にあるふ化施設は、豊富な湧水と清流千歳川の水を利用し、主に北海道日本海中部地区におけるサケ(シロザケ)資源の増殖事業をはじめ、サクラマス、ベニサケの高品質資源造成事業などの重要な役割を担うとともに、さけ・ます類のふ化放流に関する調査研究、技術開発のほか、講習及び指導など様々な業務を実施しております。
 また、さけの里ふれあい広場の展示館・体験館では、さけ・ます増殖事業を分かり易く説明しております。

鮭鱒人工孵化発祥記念碑
昭和十八年十二月

聖恩
北海道庁長官 坂千秋書

捕魚車(インディアン水車)の設置
 明治21年、千歳群烏柵舞村(現千歳市蘭越)に千歳中央孵化場が完成する頃、千歳川ではサケの捕獲が開始された。だが、川が急流で浅かったため、運び込んだ曳網ではうまくいかずウライ(柵によって川をせき止め、一部を開けて捕獲槽に送り込む施設)がつくられ、同年12月には採卵に入った。
 ウライはその後も毎年のように改良を加えられたが、当時の操業は11月以降であり、夕方から夜にかけてそ上したサケを夜間に生簀に運ぶ作業は、容易なものではなかった。また、当時の捕獲場所は天然産卵床地帯であったため、取上げた親魚から卵が溢れでるという状況もあった。
 こうした事情から、伊藤一隆がアメリカでの漁業視察からもち帰った捕魚車(伊藤による訳:原名はFish Wheel)の設計図が検討され、明治29年、捕獲位置を下流部(現在の青葉公園の下)に移すとともに捕魚車を構築し、順調に捕獲が行われるようになった。
 しかし、寒気が厳しくなるとともに氷が張りつくようになって水車が回転しなくなり、その年は12月12日までで捕獲を中止せざるを得なくなった。そのため、翌年には改良を加えるとともに、位置を西越(現在の花園)に移した。
 捕魚車が一般的に「インディアン水車」と呼ばれるようになったのは昭和46年以降のことで、観光客でにぎわうようになったのもそれ以降のことであるが、その名称の由来は、この原形が、アメリカインディアン地区のあるコロンビア川支流ボンネビルで見られたものであったことからヒントを得たらしい。
 その後千歳川護岸工事に伴い、平成6年に「さけの里ふれあい広場」の側に移転され、現在に至っている。


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