櫛田川 立梅用水井堰

Go Index 日本の川に戻る 櫛田川水系に戻る Last update 2006/01/28


















立梅用水井堰外四件
 村指定文化財 第八号
 指定年月日 平成十三年五月二十五日
「立梅井堰」
 飯南町粥見字川ノ上一〇八四ノ二番地先(右岸)
 飯南町粥見字大見二四〇〇ノ一番地先(左岸)
「空石積の築堀」
 勢和村大字朝柄字細谷二四三〇番地先
「素堀のトンネル」
 勢和村丹生字柳谷五四四五番地先(二ヶ所)
 勢和村丹生字塔ノ本四九九三番地先
「エンゲの切り通し」
 勢和村丹生字エンゲ四八六七ノ一番地先

 立梅用水は、文政六年(1823)三月紀州藩直属工事により完成した。これは丹生村地士西村彦佐衛門の努力と波多瀬、片野、朝柄、古江、丹生の五ヶ村の庄屋の度重なる協議により紀州藩主に誓願しようやく工事が始まった。工事費一萬二千両、人夫二十四萬人を投じて三年間で約三〇kmにも及ぶ農業用水が完成できた。
 立梅井堰は当初は現在の桜橋下流約一八〇mに造られたが度重なる水害により井堰は流失し、四代目の井堰として大正十年四月現在の位置に設置した。
 工法は石張といわれ、下流の河川内の自然石や岩を砕き石張の材料とした。堰中央から右寄りに木材を流すための流水路が設けられ、石積みの巧みな技術と景観は大変優れたものである。
  勢和村教育委員会

道の駅茶倉から堰上流を見る


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